木炭問屋と下駄屋 「アワヤ商店」

awaya_01駅 名:木炭問屋と下駄屋
企業名:アワヤ商店
駅長さん:織田太一
住所:白山市鶴来本町1-ワ
TEL:272-0163

木曜定休
江戸時代より300年続く商家。

これまでの歩み

創業は江戸元禄から宝永年間(西暦1700年前後)。当時の屋号は阿波屋で、業種は不明なものの他の鶴来の商店がそうだったように、白峰などの山間部からは材木や薪炭を仕入れて平野部に売り、平野部からは生活用品を仕入れて山間部へ売るなど、中継地点としての地の利を生かした商売をしていました。

江戸時代には藩の役人を泊める座敷を有する大きな建物だったようです。今はその場所の一部で営業を続けています。また公共事業のたびにお金を出すなど、町の世話役だったようですが、残念ながら天保八年(1837)など町全体を襲った数度の大火で建物も資料も大半を焼失してしまい、当時の詳しいことはわかりません。

江戸時代より300年続く商家。

往時の鶴来の様子

店舗に面する本町通りの中央部に、いまでは融雪装置のパイプが通っていますが、昔は防火用の水路が流れ、人や荷車はその両側を通行していました。江戸期には、本町から新町、今町あたりが最も繁華な商業の中心地だったようです。

昭和の列島改造ブームでまちなかを砂利トラックが頻繁に走るようになり、危険防止のため、まちの両側にバイパスができました。その結果クルマの通行量が減り、しずかなまちになりましたが、それまでは(しらやまひめじんじゃ)の参拝客や金沢と白峰を行き来するひとが必ず通る、繁華な町でした。初詣の時期などは一日中交通渋滞していたものです。

時代ごとの取り扱い商品

創業から時代ごとに取り扱い商品を変えながら現在に至っています。戦前まではおもに生活用品や林業用具や薪炭、材木等です。とくに炭は、明治から大正の全盛時には鶴来全体で年間40-50万俵(約16キロ/俵)の生産量があり、その約一割を当店が取り扱っていました。炭・薪から練炭・豆炭、さらにガスや石油などへとおもなエネルギーが転換した中でも、炭にこだわり続けた結果、鶴来では炭問屋はうち一軒になりました。

現在はそのほか靴や下駄などの履物、木炭などの燃料と器具、工事現場などで使われる作業用品や雨具、祭りや雪つりなどで使われるわら製ロープ、木酢液などをあつかっています。

下駄

かつては店舗の奥に加工場があり、職人が白山麓で育った桐をつかって下駄に加工していました。古い形の駒下駄、竹の雪駄、高下駄、雪道用のカバー付き下駄など、今では見られなくなった古い形の下駄も展示(非売品)しています。下駄の歯がすり減ったときに差し替えができるものもありますが、需要の減少にともなって職人がいなくなったので、販売しておりません。

いまも下駄は素材や形を各種とりそろえていますが、よそにない特徴としては、鼻緒を各種とりそろえ、お好みのものとすげ替えができます。このような手間をかけている下駄屋は今では少ないでしょう。

また土踏まずが当たる部分に形に合わせた竹を取り付けた健康下駄も商品化しています。

炭と需要

現在も燃料用や、お茶席用の炭を販売しています。長年炭を扱ってきたので、一定
水準に達しないものは取り扱っていません。合格したものは当店独自のブランドであ
る「剣」や「白山」のマークを入れて全国に販売しています。

炭焼き職人自体も減少していますが、さらにその中でコンスタントに品質の高い炭
を焼ける職人はすくなく、ネット販売などで受注を増やそうにも仕入れ数量が限られ
ていて、簡単に扱い量を増やせないのが悩みです。

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輸入炭と国産炭

バーベキュー用に安価な輸入炭が出まわっていますが、海外で生産された炭の中に
は、現地の生活臭や輸送時の環境のにおいが吸着されているものもあり、そのような
炭で食材を焼くと、せっかくの食べ物に、異臭がついてしまうことがあります。県内
の原料を使って、顔見知りの職人が焼いた炭なら、色や形やかおりの良さを楽しんで
いただけます。

炭関連商品と木酢液

木炭の長さを切りそろえるときに出るの炭の粉を活用して、木炭まくら/各種消臭
剤/除湿剤など各種商品を取り揃えています。

また白山のナラを炭にするときに出る木酢液を扱っています。入浴時の保湿効果を
求めてお買い上げくださる方のほか、家庭園芸の消毒用にも使われています。

お花炭

知り合いの炭焼き窯で試作したお花炭があります。高温にさらされ、なかなかうま
く仕上がりませんし、出来上がったものも大変もろいのですが、形自体が大変面白い
ので、試作をつづけてみたいと思っております。