ほうらい寿司本舗 鯛佐 「(株)タイサ」

taisa_12駅 名:ほうらい寿司本舗 鯛佐
企業名:(株)タイサ
駅長さん:松村憲道
住所:白山市鶴来本町2ワ33
TEL:272-0059

日祝定休
ほうらい寿司・各種お弁当、鮮魚全国発送承ります。

歴史

鯛佐のもとは塩物屋で、明治時代からやっていたそうです。万歳楽さんのご先祖が塩物屋をやっており、鯛佐の先祖もそこで働いていましたが、のちに独立して古町で塩物屋を始めたそうです。

現在の本店は戦時中の統制時代、鶴来の魚屋が鶴来鮮魚合同という会社に統合された場所で、戦後、あつまった魚屋がもとの場所に戻ってゆき、残った場所で鯛佐が営業を続けたものです。いまはレッツ店の製造工場として機能しており、また鮮魚やほうらい寿司などの全国発送業務もこちらで行っています。

昔の流通

明治時代には大八車で金沢近江町まで魚を仕入れに行っていました。ときには鶴来まで持ち帰ろうとしましたが、荷物を持ってくるのが重いので、片町からの帰路に全部売ってしまい、鶴来までに肝心の商品がなくなってしまったこともありました。

徒歩で荷車を引いて歩くので、毎日夜中2-3時に起きて出かけていたそうです。また美川からはにしんなども仕入れていました。古町の店舗地下にむろがあり、こんかにしんを漬けていました。戦時中の物がない時代はぬかだけでも売れたそうです。

昭和になってからは近江町から白菊町で電車にのせて、鶴来まで運ぶようになりました。また白峰方面には鶴来駅から白山下駅まで荷物を送リ、そこから郵便局のひとが白峰まで徒歩で配ったようです。
のちに塩物屋から魚屋になり、仕出しも手がけるようになりました。

鮮魚と仕出し

鶴来でも料理屋がさかんなころに現社長が金沢のつば甚で調理師として修行をしていましたが、先代の要請で家業の魚屋を継ぎました。

昔鶴来では料理屋ではなく魚屋が仕出しをやっていました。タイサではいまでも仕出し料理を受け付けています。祖父の時代、白山麓の旧鳥越村や吉野谷村などの結婚式の料理はうちで出していました。

そのような仕出しは料理屋でなく魚屋がやったものです。鶴来にも魚屋が10軒ほどありましたが、いまは半減しました。ここに遊郭があった時代は毎晩宴会でしたが、全盛期にくらべて今は1/4くらいに売り上げが減ったそうです。

当時は免許町の寿司屋も毎日夜中1-2時まで仕事しており、タクシーもその時間帯まで待機していました。近郷近在からひとがあつまり、宴会三昧していた時代はもう50年ほど前になります。

ほうらい寿司

魚以外にもほうらい寿司の全国発送などもやっています。ほうらい寿司は鶴来で昔から作られていた笹寿司ですが、現社長が鶴来らしい名前にしようと20年ほど前に提言した物です。以前はその名の通りほうらい祭りの時期に家庭で作った物でしたが、いまでは年中つくるようになりました。レッツ内のタイサでは毎日並んでいます。寿司が売れるにつれ、このほうらい寿司の名前も徐々に広がってきました。

獅子くずし汁

鶴来の獅子にちなんで名付けた料理です。鶴来の家庭では豆腐屋がなかったころから、自家製豆腐が作られていましたが、その豆腐を生かして、作ったのが獅子くずし汁です。おぼろ豆腐と地元の猪肉、地元醤油だしと味噌をあわせたもので、調理師免許をもつ社長が大屋醤油さんと共同でレシピを考えました。この地元の産品を生かした料理をこれから広めてゆきたいと思っています。

材料は鶴来地区ですべて買えるものばかりで、レシピも公開しているので、ご家庭でもおためしいただけます。猪の肉はふつうの肉屋には置いてありませんが、鶴来では猪肉を買える店がございます。最近猪やかもしかが増えていて、農産物の被害が甚大になっていますが、猪はこの被害防止のために駆除したもので、くさみの少ない、脂の乗った冬に獲れた肉を冷凍して使っています。

ほうらい寿司に代表される鶴来の味覚をタイサのレッツ店でお楽しみください。